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Dooard -ドアーズ- (1)
50万打&一周年記念のフリー小説を頂いてきました^^
梅園カノン//木下日丸様
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焦点が定まらない。
背筋が冷水でも垂らされたかのように、ひんやりする。その冷水は、たぶん自分の冷や汗だ。
手も、唇も、少し震えている。拳をぎゅっと握ってみたけれど、そこに、オレが今餓えるほどに希求しているものが掴めた訳でもなかった。
その怯懦な指で、眼前のインターホンを押す。中から慌しく出てくるのは、オレと同年代の青年だ、そのことはわかっている。そしてその情報は、今のオレが掌握している、唯一無二のそれだった。
「・・・・お前、何やってんの」出てくるなり、端整な目鼻立ちの青年は遠慮会釈もなしに放つ。
咽喉がカラカラなのでオレは唾を飲み下した、そうすると逆に、咽喉が渇いてしまった気がした。
「・・・・あのさ、」オレはしかつめらしい顔付きで口火を切る。「笑わないで、聞いてくれ」
「いや、笑うかも」腹の立つやつだ。「約束はできない」
オレは、ふー、と息を吐き出した。落ち着け、オレ、落ち着け、心臓。どきどき皮膚を打ち付ける心臓を宥める。
ん?もしかして、男が男に告白する現場かって?何をおっしゃる。
そんなもの、今の事態に比べれば、まるで瑣末なことだ。今の事態というのは、その程度のアブノーマルさ、非常さではない。
口にするのは恐ろしかった。その事実に現実味やら信憑性やら蓋然性やらが、口にすることによって一気に注がれてしまう気がしたからだ。
でも、言うしかない。この生意気な青年に、オレはもう、救いを求めるしか、ない。
「オレの家がさ、消えてるんだ」
そりゃもう、忽然と。
はは。ほんと笑えねーな。青年は呟いた。
笑ってんじゃねえか、ばかやろう。
Dooard -ドアーズ- (1)
〔50万打&一周年記念フリー小説〕
それは、生徒達が毛嫌いし鬼門とする、夏休みの最終日だった。
山積した宿題などすべきことは山のようにあるのに、何をするでもなく、午後二時までベッドの中で輾転反側しながら、おやつの時間を一時間後に控えて、起き出した。冬眠後の熊だって、そのときのオレほど億劫そうに目覚めたりはしないのだろう。
今年齢七年になるはずの壁掛け時計が、齢相応の、くぐもった、やる気の無い音で二時を知らせた。時計から流れ出すアヴェ・マリアの音楽は、連休中であるこの呑気な家内にはまるで不相応だった。もっとも、音がくぐもってしまった今となっては、その旋律がアヴェ・マリアであるという実感さえ湧かない。
のろのろと階段を下りていくと、壁掛け時計と同い年、築七年になる家の階段は不機嫌そうに軋んだ。ったく、いつまで寝てんだよ、とオレを咎めるように唸っている。
そのお咎めも無視して、階下の居間に入る。ぽりぽりと頭の後ろを掻いたのと、自宅がもぬけの殻であることに気がついたのはほぼ同時だった。
誰もいないのか。そうひとりごちて、殊更気にも留めずに、パジャマを脱いでソファの上に畳んであったスウェットを着込もうと思ったが、連日そのスウェットを流用していることを思い出し、スウェット案を却下、洗面所の洗濯機にそれを放り込んでから、普通の私服に着替えた。
脳内カレンダーで、今日も出掛ける予定などないことはわかりきっていたので、適当に髪の毛を手で撫で付けるだけで、ソファの上に乗っているものを腕でどかしてから座り、漫然とテレビをつけて、無為な時間を過ごし始める。
テレビには父親が映っていた。
世界的に著名な科学者・発明者として、最近はニュース番組に引っ張りだこらしい。知ったことではない。不愉快になったのでチャンネルを回す。最近買い替えたばかりの、薄型液晶テレビのリモコンは極めて感度が良かった。しかし、当節、こうもテレビが見事に薄くなると、今まで画面の後ろに積んでいた馬鹿でかいスペースはなんだったんだろう、と思ってしまう。最初からあんなもんいらなかったんじゃねーのか。
いつも見ているバラエティ番組が始まっていたので、そこでチャンネルを回すのを止め、テーブルにリモコンを置いた。
そしてそこで、オレの置いたリモコンのすぐ脇にあった、不可思議な物体に気がついた。
形状は、一瞬携帯電話かなにかと見間違うほど小さく、手鏡のコンパクトに似て、ゆるやかな楕円形だった。色はクリーム。その小さな代物に液晶があり、デジタル時計が刻々と時を刻んでいた。ただいま、「05/08/31/14:21」となっている。ああ、そういや、今日は夏休み最終日だ、とオレは少々鬱になる。
そこまで確認したところで、ただの時計か、と高を括った。けれども気になったのは、その現在の時刻が記されている液晶の下に、もう一つまったく同じ大きさの液晶がついていることだった。こちらには、何も表示されていない。つまり、デジタル時計が二つ表示できるということなのだろう。
その時計の裏には、「limit:2month」と記されている。
(リミット、二ヶ月?)
「なんだこれ?」オレは知らず、呟いた。二ヶ月で電池が切れる時計なのだろうか、だとしたら、ずいぶん燃費の悪い時計だな。
暫しその時計のようなものと対峙していたが、どうでもいいや、と思いなおして、先刻のリモコンのごとく机に放ろうとしたところで、最初は気付かなかった、時計の側面にあるボタンを押してしまったようだった。
カチリ、と小気味良い音がし、
「ん?なんだ?このボタ──」
──その瞬間、ゴウッと轟音が耳元でして、そこからはよく、覚えていない。
とにかく、身体全体が煌煌たる光のようなものに包まれたかと思うと、刹那的に吐き気がして、しかしそれはすぐに治まり、あとは内臓がぐるぐると乱暴に掻き回される様な感覚だけがオレに無理矢理押し付けられた。それは無論気持ちのよい感覚ではなかった。めちゃくちゃに手足を動かしてもがいた。周りの光を放逐したかった。耳の奥がキンキン鳴っている、痛い。身体がねじられるような感じがし、肺やら胃やらそのへんの生々しい臓器が咽喉あたりまでせりあがって来る様な気もして、ごほん、と咳き込もうとしたときに、視界がぱっと広がった。オレはしゃがみ込んでいる、息も荒い。
そこには、見知らぬ田園風景が広がっていた。
確かだったほとんど白紙の脳内カレンダーは、一気に信頼性を欠いた。
出掛ける予定は、なかったはずなんだけど。
***
秘境の地、という言葉はまさしく、こういうときに使うのかもしれない。
そこは閑静で長閑な田園風景があり、空には高く太陽が昇っていて、暑かった。辺りは夏の盛りを象徴するような、青々とした山と緑に囲まれ、風光絶佳な景色が満目を埋めつくしている。
そう、確かに、目の前の景観は実に雄麗だった、が、そんなことは今のオレにはどうでもよかった。
オレはぽかんと口を開け放して、暫時そこに立ち尽くした。おっかなびっくり、オレを取り巻く景色を見回してみる。そこにはもちろん、オレが腰を下ろしていたソファも、薄型の液晶テレビも、築七年のわりと瀟洒な自宅も、偽のアヴェ・マリアを奏でる時計も、存在しなかった。あるのは、スウェットをやめて、中途なよそゆきの服にくるまれたオレの身体と、ジーンズの右ポケットに、たまたま入れっぱなしになっていた財布。その財布の存在に気付いたときには思わず泣きそうになるほどほっとした。これでとりあえず、ここがどこかさえわかれば、電車に乗って、家に帰れる。
そして左ポケットには、例の、理解に苦しむ現状の要因と考えられるあの不可解なデジタル時計がおさまっていた。時刻が表示されていた液晶の数字は、「05/08/31/14:25」で動きを止めている。もうひとつの液晶には、相変わらず何も表示されていない。
役に立つことはなさそうなその時計を粗雑にまたポケットへ突っ込んだ。
オレは深呼吸をひとつしてから、おそるおそる足を踏み出し、平和的な田園風景を歩き始めた。村人、町人、どちらか定かではないが、とりあえずこの地の土着の民にお会いしたかった。そうしてこの場所を明確にし、どちらへ行けばオレの住む場所へ帰れるのか、手始めに、とにかくそれを聞きだそう。田んぼには青くて細長い植物が繁茂している、あれは稲だろうか。
前方に、ひときわ目に付く大きな建物が目に入った。というよりも、その建物以外、ろくすっぽ家など建っていなかった。
言うまでも無く、オレはその家に向かって前進した。我ながら、こんな摩訶不思議な現状にも不撓不屈の精神で立ち向かい、凛乎たる態度で歩を進める自分に感服する。じゃり、と足元で砂が鳴った。その音を無理矢理、オレへのエールなんだと頭の中で変換する。
遠目からでも巨大だったその家は、近付いてみると輪をかけてでかかった。少し怯んだ。インターホンを鳴らしたら、南極の果てに住む巨人が出てきてもおかしくなかったからだ。
そこでオレはぶんぶんと頭を振る。いやいや、よしんば巨人が出てきたとしても、いいじゃないか、見た目が怖そうな人ほど、根は優しかったりするだろ。とりあえず、オレは家に帰りたいんだ、そしてバラエティ番組の続きを見たいんだ。
「・・・・でっか・・・」そう思いつつも、やはりオレは漏らしてしまった。
よし、と意気込んで、勇んでオレはインターホンを押す。ピンポーン、と間抜けな音が主に唐突な来訪者を告げているところだろう。
巨人はともかくとして、どんな人間が出てくるのか、ちょっと予想した。こんなでかい家だから、大昔の音楽家のような奇抜なヘアスタイルと美しいヒゲを携えた素封家が出てくるんだろう。その上、その主と一緒に、種類の名はわからないけれど白くて長い毛をふさふささせた、ふくよかな猫が出てきて、来訪者の足元にすりより、すぐに懐いてみせる。そのリッチな白猫を貴婦人な奥様が呼び止め、咎める、「こらこら、パトラッシュ、だめよ。そちらの方は、お客様なんだから、こっちにおいで!」。
(ああ、パトラッシュは犬か──)
オレがここまで想像をめぐらせたところで、ドアが開いた。無意識にしゃちほこ張る。けれども、オレの足元に白いリッチ猫がたかってくることは無かった。
「・・・・はい、どちら様」
気だるげな声でそうオレを誰何しつつ、重厚そうな扉を開いたのは、オレと同い年くらいの、普通の青年だった。否、普通とは言いがたい。その青年は物凄く整った顔をしていて、田舎をけなすつもりはないが、このような場所にこんな美青年が住まっているのは、アリの巣にミミズが潜っていくような違和感を覚えざるをえなかった。
「あ、っと、」こんなつもりは無かったのに、オレの予想を見事に裏切る家の主に、どもってしまった。「は、はじめまして」
青年は怪訝な顔をする。当然だ。「誰、あんた?」
黒曜石のような瞳が、こちらをいぶかしげに睨んでいる。
しっかりしろ、オレ。「あの、エドワード・エルリックと、申します」
「うちに何か用ですか?家には俺以外誰もいないけど」
え、この馬鹿でかい家に、一人かよ。
「その、突然なんですけど」オレはしゃきっと背筋を伸ばした。「ここ、どこですか?」
「は?」
「いや、あの、ふざけてるんじゃないんだって、ほんとに」
「見ての通り、ど田舎」
「そうじゃなくて、えーと、実に説明しにくいんだけど、とにかく、道に迷っちゃって、家に帰れなくなってしまったのです」
しどろもどろ、現状の要の八割方を詐称して、回答を求めた。いきなり此処へ放り出されたんです、なんて言ったら、哀れな捨て子かと思われてしまう。ややもすれば精神病院への道のりを案内される可能性もあった。
ああ、と、オレの咄嗟の説明になんの疑念も無く合点がいったらしい青年は、この村の名前を教えてくれた。ルートヴィヒスハーフェン。なんて噛みそうな名前だ。覚えるだけでも一週間はかかりそうである。言わずもがな、一度も耳にしたことが無い地名だった。
「で、あんたの家はどこなの」
ウィーンの方なんだけど、と希望の見え始めたオレが爛々とした瞳で返す。
「へえ。それならそんなに遠くない。この左の道を真っ直ぐ行ったところにある駅からローカルの下り列車に乗って、一時間とちょっとぐらい行けば良い」
「や、どうも、ありがとうございます、助かりました」恭しく頭を下げた。
「よく迷い込んでくるやついるんだ、慣れてる」
それじゃ、と言って、青年はバタンと扉を閉じてしまった。その素っ気無い対応にも、腹は立たなかった。
オレは言われたとおりに、左の道をまっすぐに歩き始めた。そうしながら、あの不思議な時計は、瞬間移動かなんかの発明品なのか、と愚案に落ちていた。
払拭しきれない違和感を覚え始めたのは、電車に揺られて、四十分ほど経ったときだった。
段々見覚えのある景色が窓外に広がり始め、ほっと安堵に胸を撫で下ろしているのも束の間、最初に驚いたのは、最近できたばかりの、国内で三番目とかいう規模のショッピングモールが消えてなくなっていたことだ。それは、もう、綺麗さっぱり、なくなっていた。
他の客のことなど一瞬にして意識の外、オレは窓に身を乗り出して、呟いていた。「あれ?」
つぶれちゃったのか?でも、まだ先月できたばかりなのに。万一潰れていたとしても、建物の残骸くらい残っていなければおかしい。あんな立派な建物を、すぐさま取り壊してしまうというのも引っかかる。そんなはずはない。
この場所じゃなかったのかな?オレはそう思い、シートに座りなおした。そこで周囲の白眼視に気がついて、黙って俯き、最寄り駅まで到着するのを歯痒い気持ちで待った。
決定的に、オレに違和感を、というよりは、混乱を与えたのは、ほかでもない、オレが早くたどり着きたいと願って止まなかった、我が家自身だった。
たしかに、駅から自宅まで歩いているときに、既に、そこはかとない奇妙さは感じ始めていた。あったはずのものがなく、無かったはずのものがある。見知らぬコンビニが堂々と店を構え、どこかへ消えた自宅前の自動販売機、数年前に塗装されたはずの道路が荒れている。
そして、なにより、オレの家が無かった。
それはもう、忽然と。オレが驚くことさえ許さぬような勢いで。
目眩がした。その場に卒倒しそうだった。頭は無数の疑問符が山積みになり、そのせいで頭が重くなって、倒れかけたのかもしれない。
マイホームは、いずこへ?
冷や汗が、タラリ、と垂れた。まったく、現状を把握できていない。
神隠し?大掛かりな手品?それとも、場所を間違えている?
でも、オレの家があったはずの場所の隣には、二十年以上営業を続けている老舗の洋菓子店が、しっかり今日も営業していた。でも、その洋菓子店も、そこはかとない違和感があった。説明のしようがないけれど、なんとなく、違う。
ああ、店長の髪の毛が増えてるからだ──と分かった。鷹揚で小粋な、町の洋菓子店の店長として幅広い年齢層に人気のある、五十がらみの男性は、少し若返って見えた。増毛でもしたのか、とぼんやり思う。
けれど、彼の必死の増毛計画も、失礼ながら、やはり、今のオレにはどうでもよいことだった。
家が無い。いえがない。アイ、ロスト、マイホーム。
「・・・・なんで・・・?」
オレはかなり長い間、呆然と、自宅の前に──否、自宅があった場所の前に──側にある電柱よりも身じろぎせずに、立ち尽くしていた。
***
ついさっき見た風景が、逆に流れていく。
オレはまた電車に揺られて、先刻の田園風景の場所まで戻ることにした。ほかに行くアテがなかったからだ。とりあえず、あの理知的な青年に、もらえるだけの情報をもらってこよう。もしかしたら夢なのかもしれない、だって連休中あんなにオレは寝坊助だったし、夢と現の境界線がうやむやでも頷ける。そして本当に夢であれば、それは最高に望ましい結果である、だから、誰かに喝を入れてもらって目を覚ましたい。その喝入れ役をあの青年に任せた。頭は混沌の渦中にいて、まともな思考回路も成立せず、とにかく先ほど話をしたばかりのあの青年しか、頭に浮かんでこなかった。他にもたくさんいるはずの知り合いの顔はどうしてか、一人も浮かんではこない。
とにかく、戻らなきゃ、戻らなきゃ、と念を唱え続けていた。犯人は現場に戻るっていうし、初心わするるべからずっていうし、あれ、それは違うのか、もう、どうでもいい。
誰かに、事細かに説明をしてほしかった。気休めでもいいから、今はこうなって、こうなって、こういう状況なんですよって、説いてもらいたかった。何も知らない、無知で無垢な赤ん坊のように、誰かの、庇護じみた説明を求めていた。説明という名の庇護を欲していた。
上りの列車の中では、消えたショッピングモールを確認しなかった。
確認するのがこわかったからだ。
ルートヴィヒスハーフェン駅で下車し(やはり駅名も上手く言えないが、気にしない)、改札に切符を入れると、小さな扉が閉まってオレを締め出した。どうやら、買う切符を間違え、料金が不足していたらしい。切符を持って窓口へ行った。指示された料金を払うべく、紙幣をぞんざいに出す。
「・・・・なんだ、これは?」駅員が不気味そうな顔でオレの出した紙幣を見た。その紙幣は今年、新しい柄に変わった新札だった。
「え、なにって、お金ですけど」もう、これ以上オレを混乱させないでくれ。今オレが最も嫌いな漢字は『何』だ。
「こんな紙幣は見たこと無いぞ」
「へ?」こんなど田舎には新札も出回らないっていうのか。
もう面倒くさくなって、小銭だけで料金を支払い、駅を後にした。早足で昼間来た道を行く。最後のほうなどは小走りになっていた。
そんなわけで、もう一度、あの馬鹿でかい屋敷の前にオレは立っている。
心なしか息が弾んでいた。興奮しているのか、混乱しているのか、よくわからない。とにかく、心臓だけは、ぎゅうっと痛くなったり、バクバクと早鐘を打っていたりする。
意を決して、再度インターホンを押した。
また、先刻と同じ青年が出てきた。
「・・・・お前、何やってんの」
あんた、が、お前、に格下げされている。でもそれは、逆に、昼間よりも親密度が増したように響き、オレをなんとなくほっとさせた。
「あのさ、笑わないで聞いてくれ」
オレは今見てきたとんでもない状況を、話した。
それを黙って聞いていた眼前の男は、
「はは。ほんと笑えねーな」と苦笑するだけで、オレを精神病院へ連れて行こうとも、この奇人にも見えるオレを村から追い出そうともしなかった。それでも内心、笑ってんじゃねーか、と密やかに突っ込む。
青年の身体がギリギリ見えるぐらいにしか開かれていなかった扉が、大きく開かれた。もはや変人といわれても文句は言えないオレを、拒んではいないようだった。それにやたらと安心した。頭はぐちゃぐちゃ混乱しているし、歩きつかれて足も痛いし、電車に乗りすぎて腰とかも痛いし、なにより、混沌に投げ入れられている頭が痛かった。
家も家族もどっか行っちゃってるし、オレは無意識のうちに酷い孤独感に囚われていたのだと思う。焦燥感や、疎外感にも。
でもこうして、とりあえず話し合える相手が目の前にできたから、一気に緊張と混乱の糸が緩んでしまった。ほとんど初対面の相手だとしても、一人ではなくなったっていうことが、こんなに心強いなんて知らなかった。
たまらず涙がこみ上げてきた。
消えたショッピングモールも、マイホームも、使えない新札も、言い難い町の名前も、今の安堵感も、一緒くたに綯い交ぜになって、涙に化けて出てきた。
オレはまだ名前も知らない青年の前で、格好悪くさめざめ泣き始めてしまった。相手もこれにはさぞ困惑したらしく、あたふたしていた。
「・・・・なんで無いのかなあ・・・っ」腕で涙を拭いた。今年、一応、十八にもなるのに、なんでザマだろう。「オレの家、なんで無いんだろう・・・っ」
「お、おい、な、泣くな、わかったから、」青年はオレの背中をぽんぽん叩いた。後から知ったことだけれど、知ったときはそりゃ驚愕だったけれど、彼はオレよりひとつ年下らしかった。情けない。「な、泣くな、エド」
ああ、あんなおまけみたいに名乗ったオレの名前、覚えていてくれたのか。
「・・・なんでかなあ・・・・!」
それでも泣き続けるオレに、後ほど、ロイと名乗った青年は、宥めすかすように言った。
「わかったから、お前の家が見付かるまで、うちに居ていいから、泣くな」しゃくりあげるオレの肩をさすってくれる。「お前の家なら、一緒にゆっくり探そう。な?」
「う・・・うん・・・」
オレは子どものように頷いた。頭の中では、童謡の“犬のおまわりさん”がエンドレスで流れ続けていた。
あの歌では確か、最終的に、おまわりさんも泣き出すんだ。
それを思い出して、目の前の端麗な青年の顔を見てみたけれど、彼は困り果てたように眉間に皺を寄せているだけだった。
とりあえずオレは、差しあたりの運命を、このおまわりさんに委ねることにした。
「大丈夫か?まあ、中に入って、茶でも飲んで落ち着きなさい」
本物のおまわりさんみたいに落ち着いた口調で言う青年は、オレより少し背が高かった。
進入した家の中に充満する紅茶の匂いは、ほんの少しだけ、今の奇怪な展開を忘れさせてくれた。
*TO BE CONTINUED*
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